
シノブの年が終わって
最初の投稿をしたのはヒロヤス。

まだ365日ブログの夜明け前。
カタチを模索しながら、ひとつづつ紡いだ。
彼の行動がきっかけに、これから登場する9人の心を震わせる。
次の年は、マサタカが筆を取る。
肩書きも、日々の景色も違えど、
彼とは共に走り、切磋琢磨した同級生。
彼の背を見ながら次へ進めたのだろう。
シノブとのいざこざの仲介をしてくれたのも彼だった。
そして、3年目のアオイ。
いや、シノブとのいざこざの発端はマサタカだったかもしれない。
シノブとは北海道で仲直りし、前へ押し進んだ1年間。
その後、マサノリが描く文字は看板を埋め尽くすだけでなく
ブログに舞台を移しても熟成された女性を虜にした。
ユウスケの磨かれたレンズ越しに映るのは、大切な時間や仲間の希望。
やったもん勝ちと言い放ち、その想いを書き綴った。
その後は加速していく
ブログの締めくくりに、
「お茶の間に美味しい時間を」的な食通ブログを開花させたのはケイシロウ。
コロナ禍真っ只中で、ブログの大半を飯のことに大胆に全振りしたチャレンジは評価に値する。
マサキが焦がされたのは肌だけではなく心の奥深くまで浸透していた。
「田舎コンプレックス」
彼はそれを本能でノベリスティックに表現した。
申し遅れることなく
ヒロヤスに導かれ月の住人となった。

女性らしさの強さで正義を貫くのが彼女のポリシー。
キヨノは甲高い声を抑える代わりに、
ブログこそが彼女の叫びになったのかもしれない。
夢の中でまだ眠る人々へ紙の中の世界をそっと渡し、エイスケはその内に秘めた思いを交差点の壁に拳をぶつけた。
手首に巻いた帯の数(3つ)だけ優しさと悲しみを背負っている。
しかし皆、今や超人墓場で浮遊しているだけの元超人にすぎない。

時は巡り、10人の手を渡るたびに、
ブログはまるで一つの塊のようになった。
それは痛みであり、祈りであり、
名もなき誰かに向けた、微かな救い。
そして最後の年、ヨシフミの番が来た。
彼は9人の言葉を読み返し、
そこに残された温もりと爪跡に触れた。
「ここには生きた証がある」
彼の「心」にそう響いたとき、涙が零れ落ちた。
あの血が滴るような生肉を好む彼でさえ
最後の記事を投稿した瞬間、
10年の時間は、ひとつの物語になった。
誰かが読み、誰かが救われ、
言葉は静かに、けれど確かに生き続けている。





















































そしてマサユキが11年目の朝を迎える。
君は何を思う
これまでの事が「礎」なのであれば
マサユキは、それを胸に刻み、この10年間とは違う世界線で活躍してほしい。




























































